【書評】吉本ばなな著『ふなふな船橋』ー自分を支えてくれるものとは何か?を考える作品
蜜柑です。
まだまだ暑いですね。私は、1年で1番長かった10連休を終えて、また日常に戻りヘトヘトになりながら、日々を送っています。
そんな疲れた日々にふと読みたくなる優しい文章…この作者さんの文章を読むと落ち着く…というような作者さん…!
私にとってそれは、吉本ばななさんです。
ということで、今回紹介するのはこちら!
タイトルと帯でお察しかもしれないですが、数年前大人気だったふなっしーが登場する物語です。
吉本ばななさんといえば、
『キッチン』が有名ですよね。
私も吉本ばななさんを読むきっかけになったのは、母の本棚に『キッチン』があったからです。
高校の時になんとなく手に取り、文章の雰囲気、人物達の暖かさ、でも容赦なく突きつけてくる生と死。身近な人物の死をとても悲しむ主人公がその死を受け入れていく物語を、決して重くはない文章で緩やかに描ける世界観にはっとさせられて一気にファンになりました。
ちなみに、『キッチン』はもちろん名作ですが、『キッチン』に収録されている『ムーンライト・シャドウ』が私は本当に大好きで、もう何度読み返したかわからないくらい好きですので、ぜひまだ読んでいないという方は、手に取ってみてください٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
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話を元に戻して、『ふなふな船橋』は、私は2016年に単行本が出た際に大学の図書館で読了していましたが、すごく好きだったので、文庫化したタイミングで購入し、このタイミングで再読しました。
結果、今読んで良かったーと本当に思いました。当時読んでいた時よりも、主人公の感情に入り込めた気がします。
まずは、あらすじから。
父親は借金を作って失踪し、母親は恋人と再婚することに。15歳で独りぼっちの立石花は、船橋で暮らす決断をする。それから12年、書店の店長をやり、恋人との結婚を考えながら暮らす花に、再び悲しい予感が…。だが彼女は、暗闇の中にいても、光を見つけていくのだった。(朝日新聞出版)
ここからは、3つの特徴に分けて、この小説を紹介します。
①ふなっしーについて
あらすじを見てわかるように、
主人公の花は、家庭環境が複雑です。
父親の失踪、母の再婚により、花は、15歳で母とも別れ、叔母の奈美の家で暮らすことになります。
この経緯は、父親母親に捨てられたというわけではなく、花の決断によって、叔母の家へと行きます。
花は、この境遇について特に不幸だとは思っていませんが、心の中では、寂しいという気持ちがどこかには必ずありました。
そんな花の支えになっていたのは、梨の妖精のぬいぐるみでした。それは母親と別れる際に、買ってもらったものでした。
その時の描写が私は好きです。
その瞬間まで、私はふなっしーをなんとも思っていなかった。
「ママはふなっしーが大好きだから、これをママだと思っていっしょにいてくれる?」
母は言って、かなり大きめの梨の妖精寝袋ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。ふなっしーがなぜかオレンジの寝袋に入っているものだった。
その瞬間のその光景が私の人生を変えた。私は梨の妖精の存在を心から大切に思うようになった。子どもみたいにふなっしーに頬を寄せる母の姿は、私の胸を素直に打ったのだ。(p13)
これがふなっしーと花の出会いです。
この時から、花はふなっしーと毎日一緒に寝て、泣いたり笑ったりする日々の中でもふなっしーだけは裏切らず、花のそばにいてくれます。
そんな存在は、皆さんにはありますか?
女性に多いかもしれないですが、ずっと昔から持っているぬいぐるみはありませんか?
私は、2歳の時に祖父に買ってもらったレッサーパンダのぬいぐるみが花にとってのふなっしーと同じような感じです。
毎日欠かさず一緒に寝ています。そのぬいぐるみは、たぶん他人から見たらもうすっかり汚れたぬいぐるみなのかもしれないですが、私にとっては、本当に大切なぬいぐるみです。
日々を過ごしている中で、辛い時も悲しい時も起こってしまうことは多々ありますが、家に帰ると必ず変わらずいてくれる存在があるとなんだか救われた気持ちになります。
とても、可愛らしく自分を癒してくれる存在。それがぬいぐるみです。
花にとって、それがふなっしーのぬいぐるみです。
この作品は、大人になった花の生活の中で、ある悲しい出来事が起こるのですが、その時にも変わらずいてくれるこのふなっしーにとても癒されます。
私もぬいぐるみが支えになったことが人生の瞬間瞬間で何度もあったので、とても花に共感できました。
また、ふなっしーのぬいぐるみは、
同じようにふなっしーのぬいぐるみを大切に思っているある女の子と花を結びつける存在でもあります。
その女の子は、花の夢の中にたびたび登場しているのですが、その女の子は一体誰なのか?実際に存在する女の子なのか?
この女の子については、少しオカルト要素が絡んできます。
吉本ばななさん特有のオカルト要素です。決してホラーではありませんが、この女の子の過去がかなり重いものなので、突然出てくる重い出来事に、驚きます。
女の子の過去や、展開は予想できない展開ですが、とても悲しく、でも悲しいだけじゃなくて感動する展開がありますので、こちらも見どころだと思います。
この女の子の登場には、ふなっしーがいてこその登場なので、物語の展開にふなっしーは必ず必要となります。
②失恋について
この作品の始まり方としては、やはり花が失恋したところから大きな展開となります。
花は、結婚を考えていた俊介さんに突然振られます。
理由は、「他に好きな人ができたから」。
2人の関係性が何か悪くなったわけでもなく、本当に突然振られてしまった花は、かなりショックを受けます。
この悲しみを背負った花がこれからどう生きていくのか、どう立ち直っていくのか?がこの作品の大まかな流れです。
20代半ばで、結婚まで考えている彼氏に振られ、なお、彼氏には新しい好きな人がいる。
こんなことになったら、どんなに辛いだろうと私は本当に悲しくなりました。
その悲しさを表している文章がさらに悲しさを感じさせて、花に感情移入をしてしまいます。
別れを切り出された瞬間の花の文章を引用します。
考えるべきことはたくさんあるはずなのに、頭の中はあちこちに勝手に逃げ回っていく。そうか、いつものような土曜日の夕方はもう永遠にないんだ、ということばかりくりかえし思っていた。私の場所、私が自由に出入りしていい部屋、私のためのふわふわした白いクッション。
別れを告げる間もなく、引き継ぎさえもなしに、あっという間にもう自分のものではなくなってしまった。(p51)
まるで世界が終わってしまったみたいだった。
彼がいない生活を思い描くことはできなかった。あまりにも長い間、彼と共に生きる未来だけを、今現在彼といっしょにいる時間よりももっとしっかりと、描いて生きてきてしまったから。
音をたてて、目の前でその世界は崩れて消えていった。後に残ったのは、仮の生活だと思っていた今の生活だけだった。その中になんの希望を見いだせばいいのか、わからなかった。(p71)
いつも土曜日に過ごしていた俊介さんの部屋には、もう行けなくなってしまうこと、何気なく過ごしていた恋人との時間はもう2度と帰ってこないこと、そして自分のいた空間には、花ではない新しい彼女が引き継ぎなしにこれから過ごしていくこと。
もう想像するだけで辛いですね。
どれだけの悲しみが花に押し寄せているのか、花は、この失恋から立ち直るのか?また、俊介さんとの復縁はあるのか?
これが花の大きなテーマとなります。
最初は、花は深い悲しみを背負っていきますが、徐々に時間が経つにつれて、また友達やそのほかの人物たちによって、自分らしく生きるとは何か?今までは、恋人に好かれるための自分でいたのではないか?というようなことを考えていきます。
そして、少し時間が経ってから、俊介さんと再会するシーンがあります。その時の花の心情がそれまでと大きく変わっていて、好きでした。
私はなんと多くの時間を彼がそれを求めていたわけでもないのに、彼の支配下で生きてしまったんだろう。彼は私に新しい風や生命の息吹を求めて好きになってくれたのに、私は全く逆に振れてしまい、彼が好きでなさそうなことまでいつのまにかしなくなっていた。好かれたいから合わせていたのだ。(p177)
好きな彼に「もっと好かれたい」と思うのは当然の事だと思います。
しかし、彼に好きになってもらうために、自分を見失ってしまうこと、意外とあるのではないでしょうか。
自分の中の勝手な理想像により、彼が好きそうなことか好きでなさそうな事かを考え、本当の自分を見失ってしまったことをこの時花が気付くのです。
彼と別れず、結婚する未来ももちろんそれはそれで、幸せな未来かもしれませんが、
自分を見失っていくような恋愛だったことに気付けた花は、この別れを初めて前向きに捉えられるようになります。
この失恋によって、
花は、本当の自分とは何か?自分は、本当は何がしたくて、何が好きなのか?という
自分の生き方を見つめなおしていきます。
その花の成長を見届けるのもこの作品の大きな特徴だと思います。
③船橋の街について
私は、船橋に行ったことがありませんが、船橋という街の存在を知ったのはやはりふなっしーの影響です。
タイトルにもある通り、この物語の舞台は船橋です。
この作品には、船橋に本当にあるのかな?と思われる店や、街の雰囲気が伝わってきて、いつか船橋に行ってみたいなと思うような描写がたくさん出てきます。
私の船橋・・・・・・その言葉ですぐにたくさん思い浮かぶいろいろな場面はみんなきらきらしていた。
私の家、幸子の家、俊介さんの家、松本さんの家。
ららぽーとやIKEAの休日のにぎわい。太宰治がツケをふみたおした薬局や書店や玉川旅館の由緒正しい看板。
駅前のからくり時計やデパート群。公設市場、細く長い海老川が海に出るまでの道、市場、梨園・・・もう止まらなかった。
まるで地図みたいに、ぽつぽつと、そして数えきれないほどのあらゆる場面が浮かんできた。(p202)
どこにでもありそうなのに、文章で表すととても魅力的に感じられる街。
それが花の船橋です。
でも、船橋ではなくても、自分の住んでいる街にも置き換えられると思います。
自分が住んできた街は、色々な出来事を経験できる自分にとっての特別な街です。
例えば高校時代に毎日友達と自転車を漕いだ道、家族と行った映画館、恋人とよく行ったカフェ・・・など自分が過ごしてきた分、その街の思い出は、日々増えていくと思います。
他人から見たら普通の道でも、普通の場所でも、自分にとっては大切な場所になることはあるのではないでしょうか。
この作品は、船橋に行ってみたくなるだけではなくて、
自分の住んでいる街をいとおしく思えることに気が付ける作品ではないかなと私は思いました。
私も、昔住んでた街とか、数年前はよく行っていたのに、もうあまり行かなくなってしまった場所などに行くと、その思い出もフラッシュバックすることがあります。
自分の生きてきた分、街の色も景色も変わっていくということに気付ける作品で、私は花が感じる街の描写がとても好きです。
この作品は、何か大きな事件が起きるわけではありませんが、
日々の生活を見直してみようと考えられるのと、
簡単な文章のなのに綺麗な描写を楽しむことができる作品でした。
それは、吉本ばななさんの作品の魅力でもあると思います。
この作品を読んで、やっぱり私は吉本ばななさんの作品が大好きだなと改めて思いました。
この作品のおすすめの人は、
①最近疲れている人
②今の日常を見直したい人
③昔から持っているお守りのようなものがある人
です。
吉本ばななさんの作品は大好きなので、また再読したり、新しい物を読んだ際には、またレビューしようと思います。
この作品は、文庫版で、246頁と短いので、久しぶりになんとなく読書してみようかなという人にもおすすめします。
ぜひ読んでみてください!
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まだまだ暑い夏、乗り越えていきましょう!!